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レビュー・劇評

レビュー / SPAC「アンティゴネ」

それは身も心も震える演劇体験だった。2500年もの間、世界の観客を魅了してきたギリシア悲劇が、日本人の静的な死生観と融合し生まれた幽玄の世界に、私は圧倒された。

巨大な池が出現し、背後には高層マンションのような壁面が聳え立つ駿府城公園の特設会場は、異次元の舞台だった。陽が落ちて、闇に蝋燭の灯りがちらつきはじめると、白装束を纏ったまるで幽霊のような俳優たちが、くるぶしが隠れる程の水深の池を、静かに滑るように歩きだす。

このまま瞑想的な雰囲気に誘われるのかと思いきや、静寂の世界は楽器を手にした一団によって一瞬して破られた。彼らは大きな音を鳴らし、観客を現実へ引き戻し、アンティゴネのあらすじを寸劇でコミカルに紹介し笑いを誘った。

観客を笑顔にした一団が引き上げると、舞台は再び静寂に包まれ、ギリシャ悲劇の幕が上がる。

権力に狂った暴力的なクレオン王の残酷な命令。それに逆らい命を落とすアンティゴネ。そして、アンティゴネを助けることが出来なかった王の息子でアンティゴネの婚約者ハイモンの自殺。最後は、息子を失ったクレオンが、自らの運命を嘆くギリシア悲劇が、動きを最小限に押さえた演技と、セリフの強弱と、背後の壁に投影される巨大な俳優の影で綴られていく。

アンティゴネとクレオン王、社会が混乱する今見ると両方の立場がよく分かる物語だった。

俳優たちは、動く者(白い髪を与えられた人間)と、セリフのみの者に分かれていた。派手な動きはなく、まるで神社の神事のように粛々と物語は進行する。

SPAC俳優たちの演技力と存在感の素晴らしさは言うまでもなく、水を湛えた舞台、壁に投影される影の大きさで登場人物の力関係や展開が綴られていく演出が圧倒的だった。

「生者と死者が住む世界の間は水で隔てられている」という考え方は、日本と古代ギリシャに共通するものらしい。弔いというテーマと、日本的な要素のバランスが素晴らしく、心地良かった。終始流れていた音楽は木魚のリズムのようだったし、劇中にはさまれる唄も、〜音頭のよう。そもそも舞台も枯山水のように見える。(水は使っているけれど)

そしてラストの踊り。争いのない安らかなあの世の踊り。段々音が消えていき、金属の残響だけになり、闇に呑み込まれていくところで私は再度身震いした。なんという静寂の美しさだろう。どんな争いもほんのひとときで、死は全員を一人のかつて生きていた人間に還していく。まるで催眠術にかけられたような忘れえぬ観劇体験だった。

【観劇データ】
アンティゴネ
日時/2021年5月3日
場所/駿府城公園 紅葉山庭園前広場特設会場

構成・演出/宮城聰
作/ソポクレス
出演/SPAC

[ プロフィール ]
牧野としこ
猫を愛するラジオパーソナリティ。現在、76.9エフエムハイや84.4ラジオエフで情報番組や映画番組、レポーターなど5つの番組を担当している。趣味は映画鑑賞・旅行・料理。4匹の保護猫達と引きこもりぎみに暮らしつつ世界一周を目論む夢想家。今年は映画や書物で旅を満喫中。永遠のヒーロースティーブ・マックイーンに心ときめかせつつ、敬愛するビリー・ワイルダー作品を再見する日々を送っている。

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