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レビュー・劇評

劇評 / 『マミ・ワタと大きな瓢箪』ふじのくに⇄せかい演劇祭2024

ふじのくに⇄せかい演劇祭2024 参加作品
グランシップこどものくに連携事業
『マミ・ワタと大きな瓢箪』
観劇日 2024年5月5日

小田透

躍動する身体の非性的なリビドー、または生成変化の開かれた持続可能性

メルラン・ニヤカムの身体は弾み、震え、曲がり、たわみ、ねじれ、躍動する。それは、厳密な規律訓練によって幾何学な不自然さを自明性へと昇華させたような西洋的なバレエの身体の対極にある肉体のダンスである。

しかし、だからといって、ニヤカムの身体を無作為な自然なものとみなすわけにはいかない。これもまた、丹念に訓練された、人為的な産物であることは間違いないのだから。

にもかかわらず、ニヤカムの肉体は、あるダンスのために作られた手段というよりも、まず先に肉体が存在しており、その必然として踊りが湧き出してきたようにも見えてくる。在ることがそのまま踊ることとつながっているような気がしてくる。

邦題では『マミ・ワタと大きな瓢箪』となっているが、英題はMami Wattaだけである。プログラム・ノートによれば、「マミ・ワタ」とは、「世界の海をつかさどる女神」であるとのこと。そして、このパフォーマンスは、海の女神マミ・ワタの豊かな巻き毛からさまざまな生命体が生み出され、生まれ変わっていく過程を、演出家で振付師でダンサーのメルラン・ニヤカムの出自であるアフリカの精霊の世界にはとどまらない、「新たな普遍的儀礼としてのグローバルな演劇」として出現させようという試みであるという。

「大きな瓢箪」に見立てられたいくつかの半球が、フロアの上に、シンメトリーになるように、注意深く配置されては回収されていく。それはきっと、何らかの神話的な象徴性を持つ、世界の創生と変容の身ぶりなのだろう。

しかしながら、そのような「プロット」を伝えることを意図したパフォーマンスだったのかと言われると、どうだろうかと考えてしまう。そのような頭でっかちな深読みは、このパフォーマンスを裏切っているように思えてならない。

全身を覆うほどに長くうねるシルバーがかったグレーのカツラをまとって、無音のなか、楕円形のフラットな舞台にニヤカムが姿を現わす。髪を小刻みに揺さぶるその仕草には、どこかバーレスク的な煽情性がある。ただし、そのときニヤカムが刺激するのは、非性的なリビドーであるようだ。ひどく肉感的であり、ひどく生々しく艶めかしいにもかかわらず、同時に、不思議なまでに健全で健康的でもある。性的なものが排除されているからではなく、そのようなものが、まったく当たり前のものとして、何ひとつ隠す必要などないものとして出現してくるからである。

ニヤカム自身、さまざまな存在に生成変化していく。女性的な存在でもあれば、しなやかな筋肉を存分に披露する躍動性でもある。みずからを白塗りしてみせるかと思えば、観客にみずからの肉体をキャンバスとして無防備に差し出す。

能動性と受動性。躍動感と静謐感。その両方がメルラン・ニヤカムなのだ。大人も子供も、シリアスもコメディも、すべてを拒むことなく受け入れ、それを自身の肉体の表面で混ぜ合わせていく。観客が描いた文様と、頭から浴びるように身にまとった白い粉が混然一体となり、褐色の肉体は何色とも確定できない、多義的なスペースになっていく。観客はそのような生成変化に惹きこまれるばかりであり、そのような吸引力にもっとも素直に反応していたのは子供たちであったように思う。

ニヤカムが舞台で顕現させたのは、その瞬間だからこそ生起しえたアイデンティティの混淆と開かれであり、それがほんの一時のものでしかないからこそ、いっそう魅惑的に感じられたのだった。

だからこそ、自問せざるを得ない。そのような組み換えの可能性をわたしたちは自分たちの現実世界に持ち込むことができるのだろうか、と。

ニヤカムのパフォーマンスは、かなずしも、そのような現世的な変革可能性をプッシュしているようには感じられない。にもかかわらず、途方もなく深いところで、わたしたちの世界観を問い直すための切り口を提供していた。だからこそわたしたちは、ニヤカムの舞台を観て、まったく無関心を装うことはできないのだ。

そこにニヤカムのパフォーマンスの絶対的な説得力がある。

[ 筆者プロフィール ]
小田透(おだとおる)
静岡県立大学特任講師。比較文学、批判理論専攻。SPAC劇評コンクール受賞多数。
翻訳『相互扶助論: 進化の一要因 』ピーター・クロポトキン

■ 小田透氏による「ふじのくに⇄せかい演劇祭2024」全6作品の劇評を順次公開しています。
『楢山節考』 / 『友達』 / 『かちかち山の台所』 / 『かもめ』 / 『マミ・ワタと大きな瓢箪』 / 『白狐伝』

[ 公演データ ]
ふじのくに⇄せかい演劇祭2024 参加作品
『マミ・ワタと大きな瓢箪』
公演日時:5月5日(日・祝)11:00
会場:グランシップ 交流ホール
上演時間:40分
演出・振付・出演:メルラン・ニヤカム
製作:ラ・カルバス・カンパニー
主催:SPAC-静岡県舞台芸術センター


[ LINK ]
ふじのくに⇄せかい演劇祭 WORLD THEATRE FESTIVAL SHIZUOKA
SPAC-静岡県舞台芸術センター

写真提供:SPAC-静岡県舞台芸術センター

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