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レビュー・劇評

劇評 / ノース・パーク・シアター『アインシュタインの夢』

ふじのくに⇄せかい演劇祭 2023年 参加作品
アインシュタインの夢
観劇日 2023年4月29日

 美音子
2023年5月30日

演劇を見るとき、それは何を「感じている」といえるのか。この上演は、それを現実世界で考えさせる装置として機能する。

砂嵐が吹くブラウン管テレビ、白い布にくるまれ天井から吊るされたソファ、上手端に並べられた簡素なベッド。舞台下手の奥には演奏エリアがあり、ギターとシンセサイザーかサンプラーと思われる音響機材が置かれている。下手前方には黒板とテーブル、そこにスタンドマイクがセットされている。果たして何が始まるのか、それを「待っている」と、おそらくそのあいだに終演を迎えてしまうだろう。

演出の孟京輝(モン・ジンフイ)は配布された演出ノートにこう記している――「みなさんはただ眺めていてくれればけっこうです」。それは、まさしく夢をみているときと同様に、ひたすらに目の前で起きる事象を、それそのものとして受け入れるということにほかならない。作品全体にカフカの『田舎医者』と『城』がサンプリングされつつ、行われているのは、圧倒的な身体をもつ俳優たちによる群舞と語り、そしてラップ。演奏と映像も伴って上演されるこの作品は、「起きている」状態では(不可逆と感じられる)時間や、(固定のものと感じられる)空間といった感覚の枠組みを、身体という物質によって破壊する。俳優たちの舞踏や発話には繰り返しが多用され、それらはときおり別の可能性に分岐してはまた元に戻る。観ているものに知覚がシャッフルされているかのような感覚を与えていく。何を観ているのか、ということよりも、夢を見ているときには何が起きても疑問を感じないように、観ているものから与えられた感覚をただ知覚する、ということに徹する。作品がもたらす音や光、そして目の前の俳優から放たれるエネルギーは、現実世界のそれらと同様だ。しかし、俳優たちは極めて高い技術でそれらの不定形な質量をコントロールし、マイクがハウリングするように、イメージを無限に増幅させようとしている。

そうして、この作品は現実の観賞者がそれらをただそれらとして受け入れるという、極度に「ひらかれた」状態にしていく。だが、「ひらかれた」状態というのは、夢を観ているときにのみできる世界を知覚する方法であり、現実世界においては、安全が保障されていないときに危険を回避することができなくなる。だから、俳優たちは最後にそれぞれの「衣装」を脱ぎ去り、それぞれの私服に着替え、スーツケースを持ち出して中の荷物を取り出し、舞台に並べ立てて、去っていく。それは、彼らも観賞者と同じように極度に感覚をひらいていて、そして先に生活レベルに閉じていったことを示す。それをみて、観賞者もまた、自分自身が現実世界にいることを再認識し、感覚の感度をある程度閉じるようチューニングし、そして作品をみたときの感覚を、改めて受け取っていくのである。このように、『アインシュタインの夢』は、現実世界で自己の感覚を極限までひらき、そしてまた閉じるという試みを成功させた稀有な例である。

[ 公演データ ]
ふじのくに⇄せかい演劇祭 2023年 参加作品
アインシュタインの夢
公演日時:4/29(土・祝)13:30、30(日)13:30
会場:静岡芸術劇場
上演時間:85分
演出:孟京輝(モン・ジンフイ)
製作:ノース・パーク・シアター(中国/北京)
ーーー孟京辉戏剧工作室(モン・シアター・スタジオ)
主催:SPAC-静岡県舞台芸術センター、ふじのくに芸術祭共催事業

写真提供:SPAC-静岡県舞台芸術センター

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