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レビュー・劇評

劇評 / XXLレオタードとアナスイの手鏡


ふじのくに⇄せかい演劇祭 2023年 参加作品
XXLレオタードとアナスイの手鏡
観劇日 2023年5月4日

美音子
2023年5月30日

これは決してコメディではない。高校生たちの軋轢と苦悩による悲劇の物語である。

三面の壁も床も真っ白な舞台。壁に沿ってソファ、椅子、掃除道具、衣装掛け、アップライトピアノ、蛍光色に塗られた鉄棒、そしてデコレーションされた大きな姿見が置かれている。袖に出入りする扉はない。出演者たちは出番でないときも壁沿いの椅子に座って物語を見守っている。冒頭、物語の登場人物が出演者によって紹介される。男子高校生のジュンホは、同じ学校に通うミンジ、テウと同じ高級住宅地「ジャイ3団地」に住み、同じくつるんでいるヒグァンだけが公営住宅で暮らしている。クラスには、ひとり親家庭でアルバイトに明け暮れ、クラスメイトから距離を置かれている女生徒、ヒジュがいる。ジュンホは、成績優秀で体格もよく彼女(ミンジのこと)もいる優等生だが、あるときから姉のレオタードを着ると興奮を覚えることに気づき、体育がある日以外は制服の下にレオタードを着ることを自らに課している。その自撮りがある日SNSで拡散されてしまい、それがヒジュの仕業であるとわかる。ヒジュは体育大学へ進学するため、体育で良い成績を取らなくてはならず、課題のダンスでペアを組む相手を探していた。動画の削除を条件に、ヒジュはジュンホにペアを組むよう迫り、ジュンホがそれを受けたことから物語が(どちらかといえば悪い方向に)進んでいく。

ジュンホとヒジュは互いに少しずつ歩み寄っていくが、そうすればするほど周囲との関係性が悪化していくのだ。特にヒグァンは完璧なジュンホへの妬みから、あらゆる手を使ってジュンホが自撮りをしている「ゲイ」の正体だと証明しようと躍起になる。追い詰められたジュンホはついに彼に暴力をふるってしまうのだが、これも親同士の力関係のせいなのか、おおごとにならずに収まってしまう。また、ヒジュはかつて、ミンジへの妬みから彼女のもっていたアナスイの手鏡を盗んでしまったことを後悔しており、彼女に返そうとするのだが、「いらない」とすげなく断られてしまう。ミンジにとっては、ヒジュが必死に奪い取ったものは「毎朝自分の髪を梳いては『(アナスイの手鏡にあしらわれた)バラに似合う蝶であれ』と呪いを唱えてくる母親」の象徴であり、全くもって惜しいものではなかったのだ。

そして、とうとうダンスのテストの日がやってくる。ところが順番を待つジュンホの衣装がヒグァンによって盗まれてしまい、なんとその日に限って、体育があるにも関わらずジュンホはレオタードを着用していた。ヒジュとの交流のなかで、自分を偽って生きていくことはできないと覚悟を決めたジュンホが、ついにレオタード姿で皆の前に現れる。「先生、準備、できてます」とポーズを決めるジュンホの、なんと気高く美しいことだろう。そして、ジュンホは学校での居場所を失い、転校を余儀なくされてしまうのであった。

このように、大筋は日本のスラングでいう「親ガチャ」の「成功者」たちの、その同一性によって結ばれていた儚い友情が異端によって崩れ去る悲しい物語だ。最終場でジュンホが問う「俺たちに一度だって選ぶ権利があったか?」というヒジュへのことばには、社会への怨みと、諦めと、自分の無力さへのかなしみが込められている。けれど、物語にはわずかな希望も残されていた。劇中に登場する唯一の大人である体育教師のヨンギルは、常に生徒に真摯に向き合い、指導し、時には親のように彼らの人権を守ろうと奔走している。また、テスト以来態度を180度変えてしまったジュンホの友人たちのなかで、なんとヒグァンだけが、彼の身を案じることばを発するのだ。一筋縄ではいかない人間の思いを、それぞれが抱いてきょうも生きている。それがこの世界なのだ。これは悲劇だが、さわやかな後味を残す作品であった。

ひとつだけいうとすれば、作中で「レオタードを着用して興奮する」という「フェティシズム(性的嗜好)」の問題が、「ゲイ」という「セクシャリティ(性的指向)」の問題と混同されていたのが気になった。しかし高校生たちの瑞々しくも従順な、傷つきやすい感性がよく表現された、すばらしい上演であったといえる。



[ 公演データ ]
ふじのくに⇄せかい演劇祭 2023年 参加作品
XXLレオタードとアナスイの手鏡
公演日時:5/3(水・祝)14:00、4(木・祝)13:00
会場:静岡芸術劇場
上演時間:90分
演出:チョン・インチョル
作:パク・チャンギュ
製作:シアター・カンパニー・ドルパグ(韓国/アンサン)
主催:SPAC-静岡県舞台芸術センター、ふじのくに芸術祭共催事業

写真提供:SPAC-静岡県舞台芸術センター

[ 筆者プロフィール ]

美音子(みねこ)
1993年生。静岡文化芸術大学芸術文化学科卒。静岡市在住。在野のキュレーター/文筆家。学生時代に現代美術と演劇に傾倒し、「書く」ことのよろこびを知る。身体や音楽、その他どんな表象にも代えられない「ことば」そのものをみつめるために試行錯誤中。時にガムラン奏者。
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