レポート / HARAIZUMI ART DAYS! 5th Anniversary book 刊行記念トークイベント「原泉アートデイズ!の「ちいき」あるいは「まち」へのまなざし」
柚木康裕(cocommons)
2023年3月16日(木)
3月14日(火)にギャラリー青い麦で開催したトークイベントの様子をレポートします。
登壇者は、静岡県掛川市の中山間地域原泉地区でアートプロジェクトを展開している「原泉アートプロジェクト」代表の羽鳥祐子さん。プロジェクトの柱となっている地域を使ったアートの展覧会『原泉アートデイズ!』の5周年を記念したAnniversary bookを中部エリアの方に紹介したいというお話しを受けて、この場を設けました。
前半は「原泉アートプロジェクト」(HAP)のこれまでを総括しながら、今後のプランをお話し頂き、後半は「ちいき」や「まち」をキーワードに話を発展していくプランでしたが、結果的には話題を区別することなく全体を包括するような形でトークは進みました。それも無理はありません。地域と密接に関わっているHAPなので、話を進めるとどうしてもその関係性の話にならざるを得ないからです。ただその関係性は全国に数多ある地域アートプロジェクトと少し様相が違うことにトークが進むにつれて気付かされます。では何が違うのか。
よく考えてみれば地域アートの地域とはそれぞれの固有性があるはずですが、それが「地域アート」として括られ地域が一般化してしまうと、その固有性に目が向かなくなることも少なくないのかもしれません。「地域アート」というプロジェクトのメソッド化が進むにつれ、そうした状況は進んでいるように思います。しかし、羽鳥さんは何が「原泉」を「原泉」とさせているのかへの探究を続けていることが非常にユニークで、それが他の地域アートとの差異を生み出しているように感じます。もちろん「原泉」の固有性に移住当初から気づいていたのではなく、アートプロジェクトのさまざまなアプローチの中で気付きます。それを発見すると、丁寧に吟味し、粘り強く実践することによってプロジェクトにダイナミズムを生み出しているという循環が起こっていることにも注目させられます。
トークは羽鳥さんの自己紹介から始まり、HAPの取り組みとして『原泉アートデイズ!』と原泉アーティスト・イン・レジデンスが紹介されました。『原泉アートデイズ!』とは毎年秋頃に行われる活動の柱となる地域全域を会場とした展覧会です。メイン会場は旧茶工場。5年かけて少しずつ設備を整えてきました。その際に掛川市のオルタナティブスクールの中高生たちが掃除に協力してくれたエピソードは地域に与えたHAPのインパクトを物語っているように感じます。
『原泉アートデイズ!』は地域アートプロジェクトとしてはけっして大きな部類に入らないでしょう。予算も潤沢ではないことも分かります。ただ相対的に考えればこの展覧会は確実に大きな成果を得ていることが理解できます。羽鳥さんも説明する通りで、たとえば1回目から参加されている作家がここで創作した作品が岡本太郎賞を受賞したり、定期的にレジデンスを行い毎年新作を発表している劇団がこれまでの演劇とは違う全く新しいスタイルを生み出し、それによって創作の新たなステージが始まりカンパニーのあり方も大きく変化したりしています。もし彼ら彼女らが制作する場として割り切ったレジデンスで留まっていたら、このような変化はおそらく起こらないでしょう。そうではなく、原泉のあり方を強く想い描く羽鳥さんが代表を務めるHAPという活動体だからこそなし得た作家の成果であり、HAPの成果だと感じます。
ではなぜアーティストたちのそのような飛躍がHAPにはあるのか。その秘密は紛れもなく羽鳥さん自身にあるでしょう。特に注目しなければいけないのは、彼女が作る食事です。HAPをもっともユニークなアートプロジェクトにしているのが、彼女が非常に大切にしている「共食」です。『原泉アートデイズ!』に参加する作家たちはレジデンス型で作品を創ります。その滞在中は必ず1日2度昼と夜のご飯は一緒に食卓を囲なければならない約束(掟といってもいいかも)となっています。つまり「同じ釜の飯を食う」(福住廉)わけです。このあたりのことはAnniversary bookに美術評論家の福住廉さんが文章を寄せていますのでぜひ読んで頂ければと思います。とても興味深い内容となっています。
その食材の多くがこの土地のものです。しかも地域の人たちがさまざまな食材を無償で提供してくれるといいます。そこで羽鳥さんはこの土地の人たちの気前の良さに関心を寄せます。いわゆる日本の田舎によくあるイメージを超えた「お裾分け」の文化がこの原泉には特別に残っているのではないだろうかと。もしそうだとしたらその起源はなんだろうか。そのような土地の歴史に目を向け始めているといいます。
トークはあっという間に2時間近くを経過し、一旦終了です。その後は交流会として、羽鳥さん手作りの軽食を皆で舌鼓。テーブルを囲んで擬似的な「共食」を体験しました。羽鳥さんの作る料理は手短に素早く作ることがポイントなので、とてもシンプルですが、奥深い味があります。それはたぶん原泉という土地の奥深さに通じているのだろうとすとんと腹に落ちました。
これからのHAPの展開がさらに楽しみです。
羽鳥さん、とても興味深いトークをありがとうございました。
「HARAIZUMI ART DAYS! 5th Anniversary book」は静岡市内ではひばりブックスさんで購入可能です。ぜひお買い求めください。
静岡県内の取り扱い店舗
・谷島屋ららぽーと沼津店
・走る本屋さん 高久書店
・戸田書店リブレ菊川店
・フェイヴァリットブックスL
・本と、珈琲と、ときどきバイク。
・ひばりブックス
[ イベントデータ ]
HARAIZUMI ART DAYS! 5th Anniversary book 刊行記念トークイベント
原泉アートデイズ!の「ちいき」あるいは「まち」へのまなざし。
ゲスト:羽鳥祐子(HARAIZUMI ART PROJECT 代表)
司会:柚木康裕(cocommons)
日時:2023年3月14日(火) 19:00〜20:30
会場:ギャラリー青い麦(呉服町通り)
参加人数:11人(登壇者含む)
[ ゲストプロフィール ]
羽鳥祐子(はとりゆうこ)
群馬県高崎市出身。明治大学農学部卒業。保全生態学を学ぶ。卒業後すぐに、青年海外協力隊員として中米グアテマラに滞在し環境教育に従事。一方で、現地の友人たちが主催するアートフェスティバルでアーティスト滞在サポートや中南米中の多くの劇作家たちと交流。帰国後、自然と人をつなげるべく、都内での公共緑地空間における現場経験や、グラフィックデザインを通じた事業を展開し、サステナビリティのあり方を模索していたが自身の探求が腑におちずにいた。同時に、掛川市の原泉地区に拠点を置くようになったことと、アートと自然や生命活動との結びつきへの興味など、様々な方面からの縁で、2018年に原泉アートプロジェクトを設立。自身の中南米での体験を生かしながら国内外のアーティストの滞在制作を支援するHARAIZUMI AIRを展開し、毎年秋の展覧会「原泉アートデイズ!」を開催している。原泉全域を使って、よりグローバルでフラットなアート・コミュニティの拠点作りに励んでいる。
[ 関連情報 ]
HARAIZUMI ART PROJECT 公式HP