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レポート(前編) / 台所とダンサー:暮らしの所作から振付を考えてみるワークショップ

静岡市文化・クリエイティブ産業振興センター(CCC)主催のパフォーマンス・フェスティバル「OUR FESTIVAL SHIZUOKA 2024」の関連イベントとして行われたワークショップの様子をレポートします。記事は本フェステバルプロデューサーでWS企画者の柚木が担当しています。

[ 開催データ ]
講師:岡本優(TABATHA)ダンサー/振付家
日時:2024年2月4日(日) 11:00〜15:00
場所:蒲原のいえ(静岡市清水区蒲原中104-1)
参加者:9名(20代〜60代)居住地:静岡、東京、神奈川、浜松、牧之原

 「OUR FESTIVAL SHIZUOKA 2024」関連イベントとして出演者のダンサー/振付家岡本優さんを講師に対話型のワークショップ(以下WS)「台所とダンサー」を開催しました。ダンサーを招いたWSは通常では身体トレーニングやダンスメソッドなどが行われるのが一般的ですが、本WSはそのような身体的なエクササイズは行わずに対話による思考のエクササイズとも呼べるようなことを試みました。なぜ、このようなスタイルとしたかといえばダンサーあるいはダンスと親しむ方以外との接点を「ダンス」に生み出したかったからです。岡本さんのような舞台を中心に忙しく活動しているダンサーは、どうしても業界の方との付き合いが多くなってしまいます。WSを行ったとしてもダンサーあるいはダンスを嗜む人が集まってくるでしょう。いわゆる同じ属性の人が集まってきます。しかし、もし開かれた場としてWSがあるのなら、普段ダンスに触れていない方が参加できるアプローチをとりたいと思いました。日常出会わないタイプの人たちとの出会いによって参加者だけでなく、講師にもダンスWSが新しい知見や通常とは違う刺激に繋がっていくことを期待しました。

 WSに参加された方は9人と主催者の私、そして岡本さんの総勢11名。期待を超えて普段ダンスとは接点のない方が多勢を占めました。ダンサーと呼べる方、ダンスワークショップ経験者がそれぞれ1名のみ。他は演劇関係者、ビジネスコーチング従事者、自営業者、会社員、みかん農園で働く人、主婦など。住まいも静岡以外に東京、神奈川、浜松、牧之原とさまざまです。多彩な顔ぶれで対話の展開が楽しみなメンバー構成となりました。岡本さんもこれまでのWSとは違う面々に興味津々のよう。どうしてこのような多彩な方たちが参加されたのか。みなさんの参加理由を聞くと、共通する興味のきっかけは「食」でした。決して豪華な食事を期待しているという意味ではなく、台所とダンサーという組み合わせの意外さがそれぞれの好奇心を刺激したということです。岡本さんは普段とは違う舞台に少し戸惑いも感じていたようでしたが、どんな状況であっても惜しみないパフォーマンスを披露してきた彼女らしく、この状況も同じように楽しく取り組んでいきます。

 会場となったのは、「住み開き」という活動をしている一般民家。実は私の自宅です。私は住まいを月に一度、プライベートな場をパブリックとして解放し、誰でも遊びに来られる活動をしています。来客に手づくりの家庭料理やドリップコーヒーを振る舞いながら、食卓でおしゃべりするだけのことですが、さまざまな方がやってきます。多くは知人ですが、「住み開き」に興味を持って遠方から訪ねてきたりと不意の出会いが少なくありません。この経験が、今回のWSにもつながっています。「食」というのは、人と人をつなげる強力なアイテムであることを実感しているので、誰もが興味を持つテーマとして「食=台所」を提案させて頂きました。

 昭和を感じさせる何の変哲もない家に、11名はちょっと窮屈でしたが親密度を高めるのには効果的だったでしょう。WSはテーブルを二つ合わせてひとつの食卓をつくり、みんなで囲み自己紹介から始まりました。何が始まるのか分からないこともあり、みなさんの緊張が伝わってきますが、それぞれがしっかりと発話者に耳を傾けてくれるので、場に安心感が広がっていくことがわかります。これは対話の場ではもっとも大切なことでしょう。話す前によく聞く。これが守られている場は穏やかな空気に包まれます。

 参加者の自己紹介が終わると岡本さんの自己紹介が始まりました。モニターに資料を映しながらのプレゼン。参加者のほとんどが彼女の舞台を観たことがなかったので、映像を交えて、これまでのバイオグラフィーを説明。3歳からバレエを始め、中学のときにさまざまな理由によりバレエを断念します。しかし、その後も踊ることは続けて大学4年時に現在に続くダンス集団「TABATHA」を結成。ソロでもダンス活動を活発に続けます。お話しを聞くにつれ、ダンス漬けといってもよい人生を歩んでいることがわかりました。私は岡本さんと出会って8年ほどで、これまで彼女の舞台を少なからず観劇してきましたが、改めて「ダンサー」と呼ぶにふさわしい旺盛な活動ぶりに驚きました。参加者も大きく頷きながら話を聞き、岡本さんのダンスへの情熱を感じているようでした。いくつか転機が訪れたことを伝えられていましたが、今回のWSにもつながることでいえば、2022年にフランスで3ヶ月間滞在したアーティストインレジデンスでの経験だったでしょう。

 実はフランスに行くまで食にそれほど関心があったわけではないということでした。もちろんダンサーとして野菜やタンパク質を意識した食事に努めてきましたが、料理に関してはとくに興味がなかったようです。では、なぜフランス滞在で食に目覚めたのか。きっかけは経済的な理由によるとのことですが、同時に踊りに対して膨らんでいた疑問も影響していたようです。「踊ることの意味」とは何か。漠然としていた問いは環境が変わったことでくっきりと輪郭を得て迫ってきました。フランスで岡本さんはこのもっとも根源的ともいえる問いに直面したのです。

 踊るということの不思議さ。彼女は振り返ると普段の生活の中で踊ることってそれほどないことに気づきます。すごく嬉しいことがあって、小躍りすることがあるくらい。踊るってなんなんだろう。踊りとか、踊るとか。日常と遠い感じも浮かび、ダンサーをやっていながら、無理やり踊っていたのかもと感じたそうです。内省を続けるうちに踊れなくなってきて、フランス滞在は予想以上に苦しい状況に追い込まれていきました。パリでの生活は、踊ることの意味を自分なりに見出すことに注力することになり、その中で料理という行為を再発見することになったそうです。先ほども述べましたがきっかけは経済的な理由によるものです。パリは物価が高く外食する余裕もなく、必要に迫られて料理するようになりました。そこで気づいたのは、料理することの結果として目の前に出来上がる食べ物の揺るぎない存在感でした。目的がはっきりしていて、行為の末に紛れもない姿として現れる。当然といえば当然ですが、料理は芸術のような抽象的な行為ではありません。美味かろうが不味かろうが、口に入れれば味がします。その確かさにおいて人は安心します。そして、その確かさは踊ることの意味に光を当てました。

 岡本さんはこう語ります。

 パリで日本のカレーが食べたくなって買い出しにいく。日本の味のカレーを再現するために日本食のスーパーに行って、カレールーを探し出す。その明確な目的のために動く私の身体におどろいて、踊ることよりも生きている感じがした。踊りに悩み迷い、身体が動かないと思っていたけど、これが食べたいという状況に置かれた瞬間に動くんだ、わたしの身体、こんなにって感じで。電車に乗って1時間かけてスーパーに行って、カレールーを見つけて、あーよかったなって。日本語で書いてあるし。そして野菜買って肉買って、アパルトマンに帰って作り出す。買い出しと料理というめんどくさい手間も明確な目的(この味を食べたい!)によって動き出せる。はっきりした目的に向かうっていうのが気持ちよかった。踊りをつくるってすごく困難なことで、生み出すのがめちゃくちゃ難しいというか、踊りを舞台で上演するところまで行き着くまで、ずっと闇の中みたいな感じで分からない。できあがって上演してもまた分からなくなることも少なくない。けっこう苦しい。でも料理はクリエイトすることは同じなのだけど、心理状況が全然違う。それは身体の内側のものを外に出すのか、外のものを身体の中に取り入れるのかというプロセスの違いがあるからだと思うのだけど、とにかく栄養って感じです(笑)。パリでいよいよ行き詰まった時に、料理を通して「整う」っていう感覚を発見したことは大きかった。正解があるものが近くにあればあるほど、踊りをつくることに困難さをだんだん感じなくなっていきました。不思議なんですけど料理するようになって少し踊りに信憑性みたいものが出てきたというか、身体を投げ出す感覚っていうのがもう少し深くなる感じがしています。これまで生活と舞台っていうのが離れていたのだけど、すごく近くていいんだみたいなのは発見でした。料理、なんかすごい(笑)。食材ってやっぱり生き物だから触るといいというか、生きているものを扱うっていうことが素晴らしいことだなって改めて思います。




 岡村さんはこのパリ滞在を経て2022年に「obey to supreme」という作品を創作しました。自分の感情の中で「怒り」に焦点を当て、そこからつながる感情と行為をマッピング。それらは言語的、感情的(子宮的)として大きくグルーピングされ、ひとつひとつを踊り確認しながらパターン化していく作業を行ったということです。それをベースに振付が構成されていきます。ここで重要なのは自然な身体でいること。例えば身体が動き出すまで動かないというトートロジカルな行為は舞台では予想以上に困難なはずです。それに自然体で臨めるのもパリで料理を通して感じた「確かさ」が自信になっているように感じられました。

ーー 後半に続きます。→ レポート(後編)

[ 講師 ]

岡本優(おかもとゆう)
ダンサー・振付家。ダンス集団”TABATHA”主宰。単独公演、映像出演、ワークショップ、屋外パフォーマンス等多数行い、場を選ばず国内外で活動。ソロの創作や、伊藤郁女「さかさまの世界」、岡田利規演出 オペラ「夕鶴」等、複数作品づくりに携わり活動の幅を広げている。横浜ダンスコレクション2019「若手振付家のための在日フランス大使館賞 ヴァンクリーフ&アペール賞」「シビウ国際演劇祭賞」をダブル受賞。2022年Cité internationale des arts (パリ) で3ヶ月のレジデンス、Centre national de la danseにて創作や研究を行った。

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