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[ 再 掲 ] 世界をのぞき見る。- SPAC『アンティゴネ』観劇記

SPAC-静岡県舞台芸術センターが主催するGW恒例の「ふじのくに⇄せかい演劇祭」の野外仮設劇場は、今年も例年と変わらずエリア外からも比較的良く見える構造となっている。有料公演だとすれば、通常では幕を貼るなりして外から見えなくするのが当たり前だと思うのだが、SPACの野外仮設劇場はけっしてそのような設えにはしない。そのため、誰でもフェンス越しに舞台を見ることが可能なのだ。やはりこれはSPACからのひとつのメッセージと受け取ってもよいのではないだろうか。

2年前の同場所で上演されたSPAC『アンティゴネ』の時にはっきりとそのように感じた。以下の記事はそのときの様子を綴ったもの。2021年(令和3年)6月27日発行の瓦版「cocommons」に掲載したものを一部修正を加えて再掲します。

世界をのぞき見る。– SPAC『アンティゴネ』観劇記

2021年6月2日

今年も新緑が眩しかったゴールデンウイークの駿府城公園。まだコロナ禍の只中ではあったが、多くの人たちで賑わいを見せていた。その公園内でひときわ目を引いたのが紅葉山庭園前に現れた巨大な仮設野外劇場だ。それはSPAC-静岡県舞台芸術センターが主催する「ふじのくに⇄せかい演劇祭」のために設置されたもので、この演劇祭の主演目であるギリシャ悲劇『アンティゴネ』が上演された。

この作品は2017年に100年以上の歴史を誇るアヴィニョン演劇祭でアジアの劇団として初めてオープニングを飾った演目である。オープニングは由緒ある法王庁前広場の特設野外会場で上演される。会場は2,000席という巨大なキャパシティを持つが、上演されるや連日キャンセル待ちを求める列が出来るほどの評判を集め、大成功を収めた。2019年には日本博「Japan2019」の公式企画として招聘を受け、ニューヨークで上演。現地からは大喝采の報が伝えられてきた。こうして演劇の本場で評価を得たSPAC『アンティゴネ』は、凱旋公演となることで注目度は高まっていた。まして本来は去年開催されるはずが、コロナ禍により延期され1年越しの開催でもある。待望の舞台と演劇への渇望のような状況が相まって観客の期待がいつもよりはるかに増していたように感じた。

待ちに待った『アンティゴネ』は、座席数500席強の席が4日間完売という盛況の中で上演された。この状況が物語るようにやはり多くの方がこの公演を待ち望んでいたのだと分かる。SPACは1997年に活動を開始した静岡県の県立劇団で日本では唯一占有劇場を持つ劇団であり、それは創作に専念できる環境があることを意味している。この異例の取り組みは劇団の不断の努力から近年世界的な評価を得て確かに実を結びつつある。だが同時に公共劇団として広く県民にも開かれなければならないという責務も負っている。つまり世界だけでなく足元にも常に気を配らなければ不十分なのだ。この天と地のように隔たれた高度な芸術性と気軽な大衆性を並行して追求することはもちろん簡単なことではない。だが『アンティゴネ』の演劇祭での成功はこの両極を求めていく活動の一定の成果と見なすことができるだろう。さらにこの成功の中にあってSPACはおおらかに、だが重要なメッセージを舞台の外に発していたことも注目しなければならない。

SPAC芸術総監督宮城聰氏が度々発する言葉に「劇場/演劇は世界を見る窓」がある。この場合の世界とは社会に他ならない。それは日常的に過ごす社会ではなく、「私」の想像が及びにくい社会だ。それはすぐ隣にあるかもしれないし、文字通り世界の彼方かもしれない。あるいは過去や未来ともいえる。そうした世界/社会のことを想う力が演劇にはあるということなのだ。確かにそれには同意するが同時に大切なことがもうひとつあると思う。それはその窓が思いっきり開いていることではないだろうか。ガラス越しに眺める世界ではなく、その場に身を置き、自らの身体で体験出来ることが大切だろう。世界を知ろうとする者のために窓は常に開かれていること。

私事で恐縮だが、20代前半の頃、欧州を一人旅しているときにウィーンに立ち寄った。想像に違わず街には音楽やアートが溢れ、街角での路上ミュージシャンのクオリティに驚き度々足を止めて楽しんだ。時間が有り余っている貧乏旅行の私はウィーン国立オペラ座で格安にオペラが観られるという情報を得て、数時間前からその発券所に並んだ。価格は千円以下だったはず。幸運にもオペラを観劇できたが、その場所は劇場の一番奥にある50人ほど収容できる狭い立ち見席だった。しかもその場所に向かうにはバックステージのようなところを通されるほどに一般客と区別されていた。正規の料金を支払った客とまったく接触することのないこのシステムにおもわず笑みがこぼれてしまった。その徹底ぶりに。しかし多少環境が悪くても千円以下で一流の劇場で一流の舞台が見れるのだ。良質な舞台を求める者にとって観劇環境など些細なこと。隣で立ち見していた地元の音楽大学の学生がよく観にくると笑顔で言っていたことを思い出す。この時にウイーンという街の持つ文化度に心底感心したのだった。

『アンティゴネ』の話に戻そう。実は今回の上演は仮設劇場外から丸見えといっていい状態で舞台が組まれていた。じつはこの演劇祭の他演目で数日前に上演されたSPAC「三文オペラ」もそうだった。観劇マナーを守ってくれれば「外からでもご自由にご覧ください」と言っているように開けっぴろげなのだ。有料公演にも関わらず覗き放題。確かにイントレに邪魔されてたり、客席よりは遠かったりと鑑賞環境はもちろん万全でない。それでも物語の筋は分かるし、俳優の声もしっかり聞こえてくる。そう、これは確かに観劇と言えるだろう。私はあのウイーンを鮮明に思い出した。たしかに一般客と隔たれている。あちらには行けない。でもそんなことは瑣末なことだ。舞台を観たければ、この場に身を置き目の前の舞台を柵越しに観客として体験できるのだ。求めている者に開かれている。これはSPACからのメッセージなのだと感じた。「私たちはその窓を開けている」と。

終演と同時に場内から大きな拍手が聞こえてくる。遅れることなくこの場外からも拍手がおこった。この場からフェンス越しに舞台を見続けた者は20人ほどだったろうか。もちろん私もその圧倒的なパフォーマンスに感嘆し拍手した。この状況に心が温かくなりながら、これが文化というものではないだろうかと感じていた。誰に教えられたわけでなく、誰に頼まれたのでもなく、自らが足を運び、場のルールに配慮しながら観劇し、感謝を示し拍手する。このイレギュラーな観客による主体的な行為に、静岡における演劇文化の成長を感じずにはいられなかった。

テキスト・写真 柚木康裕(cocommons)

2023年度5月5日。SPAC『天守物語』の場外の様子。奥にステージが見える。

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SPAC『天守物語』
ふじのくに⇄せかい演劇祭 2023
SPAC-静岡県舞台芸術センター

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